おいしいごはんの炊き方

旬の食材とお出汁があれば、おいしい食卓に

あの人が「うん」という

後藤加寿子さん

新米で握ってくださった小ぶりのおにぎりとちりめん山椒。「じゃこは和え物や炒め物などに便利に使えるので常備しています」

本当においしいものを食べたとき。好みの上質なものを見つけたとき。人は、声にならないうなずきをするものです。「うん」と。あの人が「うん」と言うものは、どんなものやどんな味なのでしょう?真のおいしさや上質さを知る人々にお話を聞く連載です。

お話を聞いたのは、本格茶懐石や家庭料理を得意とする料理研究家の後藤加寿子さん。茶道家元「武者小路千家」の長女として京都で生まれ育ち、今はご主人のお仕事の都合で東京と静岡を行き来する日々。ふだん大切にしている食や暮らしについて聞きました。

昆布とかつお節でとった出汁。密閉容器に入れて冷凍保存しているそう。「この状態なら、使うときにカパッと出せて楽なんです」

茶道家元の長女であり、母は懐石料理の第一人者。日本の伝統と文化を大切にする家で生まれ育った後藤さん。さらに自身の家庭を持ってからは仕事や家事に追われながらでも、旬の味を楽しめる家庭料理を提案し続けてきました。お話を聞こうとすると、「まずはどうぞ」と小ぶりのおにぎりを出してくださいました。

「ちょっとお腹に入れると落ち着くと思います。昔から母には『ご飯だけは欠かさんように。お客様にはきちんとご飯を炊かんとあかんえ』と言われてきました。シンプルな塩むすびっておいしいですよね。私は白米が大好きなんです」

おむすびをいただくと、ふんわりもちっとした食感に心もおなかもじんわりとあたたかくなります。後藤さんは雑穀や玄米よりも白米がとにかく大好きなのだそう。

「白いごはんは日本人の心だと思うくらい。神様にもお仏前にもお供えするものですし、古くから大切にされてきたものです。でも、雑穀を否定するわけではありません。雑穀には油を使ったおかずがよく合うとも思っていますから。例えば唐揚げとかフライとか。カレーやピラフにするのもいいですね」

ふだんよく使う食器。グリーンの6寸皿は九谷焼。「九谷というと色鮮やかなものが多いのですが、色数の少ないものを選ぶと他の器とも合わせやすいです」

先生がお料理をするときに大切にしていることはなんでしょうか?

いい素材や食材を使うということです。この場合の『いい』というのは『高級』という意味ではありません。『旬の新鮮なもの』ということ。旬の食材を多く取り入れるようにしています。季節を感じられるような食卓にするためには、自分自身、外に出て自然に触れるということも大切にしています。季節の移ろいを感じるように気をつけています。

そして、素材そのものの味を楽しめるようにシンプルに料理するということも大切にしています。あまり手間ひまかけなくても、食材の味を楽しむことはできます。魚を焼くのはガス台についているグリルに任せておいて、その間にさっとおひたしや煮物を作ればいい。焼いたり蒸したりするだけでもいいんです。

さらに、お出汁も大切にしています。お出汁さえあれば、どんなに忙しくても、お味噌汁もおひたしもパッとできますから。私はまとめてとっておいて、冷凍しておきます。これなら簡単に使えますよ。炊きたてのごはんに、旬の食材とお出汁があれば、十分です。

お正月に使う雑煮椀。「結婚したときに作ってもらったもので、夫と私のそれぞれの家紋が入っています」。長年お手入れをしながら大切に使っているそう。

どうすれば『いい食材』を知ることができるでしょうか?

やはり、日々買い物に行って、料理をするということを繰り返して身につけるしかないと思います。買い物に行けば、旬のものは安いですし、元気がいいはずです。それを料理して味を知ることが大切です。お洋服だって、みなさんいろいろ試して自分に似合うものを見つけていくでしょう? 食材も同じ。凝ったことをしなくてもいいですから、日々料理をして味わってほしいと思っています。

食器もまた、いろいろ試して使いやすいものを見つけられるといいですね。我が家の場合、ふだん使うには6寸の皿が便利です。焼き魚にもお肉にもちょうどいい大きさだから。さらにおひたしなどの副菜用の小皿を組み合わせることが多いです。どんなお料理にも合わせられるよう、なるべくシンプルなものを選んでいます。

料理は毎日繰り返されること、さらにずっと続いていくこと。旬の食材を味わったり、使いやすい食器を選んだりすることは、日々の料理を無理なく楽しみ続けることにつながるのです。

次回は、長年愛用している調理道具についてのお話です

こぼれ話を少し
– 世界各国の生地 –

海外旅行では、アンティークショップや食器店、手芸店などを回るのが好きだという後藤さん。世界各国の手仕事による生地を持っていて、撮影用にといろいろ出してくださいました。お椀の下の布はフランスで購入したというリネン。

写真:広瀬貴子 文:晴山香織





後藤加寿子
(ごとうかずこ)

武者小路千家十三世家元有隣斎と茶懐石料理研究家である千澄子の長女として京都に生まれる。同志社大学文学部在学中に陶磁器を研究。結婚後は料理研究家として活躍。伝統的な京料理や懐石に造詣が深く、さらに海外にも積極的に足を運び、現地の食材や新しい調理道具を取り入れながら、現代の家庭でも作りやすい独自の『和の食と心』を伝えている。『茶懐石に学ぶ日日の料理』(文化出版局)など著書多数。