おいしいごはんの炊き方

手になじむ道具を大切に、長く使い続ける

あの人が「うん」という

後藤加寿子さん

左が『市原平兵衛商店』の箸。盛り付けにも調理にも使っているそう。右が『有次』のあくすくい。「余計な装飾のないすっきりした形で使いやすいんです」

本当においしいものを食べたとき。好みの上質なものを見つけたとき。人は、声にならないうなずきをするものです。「うん」と。あの人が「うん」と言うものは、どんなものやどんな味なのでしょう?真のおいしさや上質さを知る人々にお話を聞く連載です。

前回に続き、登場していただくのは、本格茶懐石や家庭料理を得意とする料理研究家の後藤加寿子さん。茶道家元「武者小路千家」の長女として京都で生まれ育った先生に、大切に使い続けている調理道具や、しつらえるお花のことなど、日々の生活を豊かにしてくれるものについてうかがいます。

左が塩ふるい。「しっとりした塩でもかたまりにならずにうまくいきます」。右の塩壺は種子島の陶芸家、野口悦士さんのものを愛用しているそう。

今回は、実際に調理するときに愛用している道具を見せていただくことに。キッチンに入ってみると、ガス台の横にツール立てがあるだけで、とてもすっきりしていて清潔感のある空間です。

あれこれ取り入れずに「少なく、気持ちよく」あろうと心がけています。その方が手入れも楽ちんでしょう? 手になじむものがあれば、少なくてすむと思います。

確かに、後藤さんの道具を見せていただくと、少数精鋭という印象です。具体的にどのようなものを愛用しているのでしょうか?

たとえば菜箸は、京都の『市原平兵衛商店』のものです。箸先が細くて盛り付けの時に便利。古くなったら新しいものに買い換えて、同じタイプを使い続けています。あくすくいも京都にある『有次』のものです。軽くて使いやすいし、何より丈夫なので安心です。

リビングでもあり、お客様をもてなす場にも、後藤さんの仕事場にもなるスペース。壁にかけた古木は、オブジェや花を飾るための小さなギャラリー。

道具を選ぶうえで大切にしていることはなんですか?

長く使えるということです。私が持っているものは京都時代から使い続けている道具が多いのですが、古くなったら新しいものを買い足せたり、壊れても修理できるものがほとんどです。

手になじんだ道具があれば、料理を進めるのもスムーズだと思いますよ。包丁や鍋なども有次のものを使っていますが、たとえば包丁は、ときどき自分でも研ぎながら、半年に一回はプロに研いでいただくようにしています。そうすると刃先の状態が良くなって長持ちします。鍋は、持ち手がちょっと焦げてしまったことがあって、これも持ち手だけ新しく直してもらいました。

それから、この塩ふるいも有次で、便利に使っている道具のひとつです。お魚やお肉に軽く塩をふる時、満遍なく均一に、ほどよい分量でできるんです。手入れしながら使えば長く持ちますし、もしどこか壊れたとしても修理してもらえるはずです。

リビングの壁の古木に花を飾ってくれました。白いサンゴの花器に小さな野の花が引き立ちます。

前回、器についてお聞きしましたが、そのほかにしつらえとして気遣っていることはなんでしょうか?

空間をしつらえるうえでは、お花を飾るようにしています。あちこちにではなく、居間に一箇所、玄関に一箇所だけというように場所を絞って。そのほうが花の美しさ、存在感が際立つように思うからです。
今日飾ったように、野の花を少しだけということもありますし、華やかな薔薇やアジサイをたっぷり花器に入れるのも好きです。花器は華美なものはあまり使わず、磁器の食器や空き瓶を活用することも。季節のお花を見ながら、どんな花器に入れて、どこに置くかということを考えるのは楽しい時間です。お花があるとふっと空間が柔らかく感じますよね。お客様を歓迎するという気持ちのあらわれでもあるので、大切にしています。

料理をスムーズに進めるためには、道具も大切。自分の手に合うものを選び、長く使い続けていれば、いつの日か大事な相棒となって支えてくれるはずです。そして、仕上げた料理は、気持ちよくしつらえた空間でいただく。後藤さんは、ただ作るだけではなく、食卓を囲む時の空気も大切にしていることが伝わってきました。

こぼれ話を少し
– おやつ –

取材の最後に後藤さんがおやつを出してくださいました。柿やマスカット、羊羹を小さくカットして、ランダムに皿に盛り付け。大きさを揃えて切るというほんの少しの手間を加えることで、目にも楽しいおやつに。「料理と呼べるものじゃないから恥ずかしいわ」と笑いながらも、楽しそうに盛り付けている姿が印象的でした。

写真:広瀬貴子 文:晴山香織





後藤加寿子
(ごとうかずこ)

武者小路千家十三世家元有隣斎と茶懐石料理研究家である千澄子の長女として京都に生まれる。同志社大学文学部在学中に陶磁器を研究。結婚後は料理研究家として活躍。伝統的な京料理や懐石に造詣が深く、さらに海外にも積極的に足を運び、現地の食材や新しい調理道具を取り入れながら、現代の家庭でも作りやすい独自の『和の食と心』を伝えている。『茶懐石に学ぶ日日の料理』(文化出版局)など著書多数。