お米の豆知識

進化し続ける炊飯器。
炊きたて昭和館。

ジャー炊飯器(炊飯ジャー)を使って手軽にホカホカのおいしいごはんが食べられるのは、いまや当たり前。でも、50年以上前、それは夢のようなことでした。今回は、タイガー<炊きたて>が誕生した50年前にタイムスリップ!
ジャー炊飯器の進化の過程や当時人気だった花柄デザインの秘密を当時の出来事とともにお届けします。最後は、新旧<炊きたて>の食べ比べも実施。さて、そのお味は......?

50年前、かまどで炊いたごはんを30時間保温できる「電気ジャー」が誕生!

<炊きたて>の始まりとなった電気ジャー1号のEL型

タイガーの電気ジャー第1号<炊きたて>が誕生したのは、1970年(昭和45年)。いまから50年も前のことです。この電気ジャーには炊飯機能はなく、かまどもしくは電気釜で炊いたごはんを電気ジャーに移し替えていたそうです。電気で加熱保温するジャーの登場で、当時の人々にとって念願だった"炊きたてのごはん"を30時間もの間、味わえるように。当時を知る<炊きたて>開発関係者はこう話します。

「電気ジャーの誕生以前は、保温性のあるガラスジャーでごはんを保温していました。朝、ごはんを炊いてガラスジャーに移したら、昼は温かく食べられますが、夜には冷たくなってしまう。そこで、『いつでも温かいごはんが食べたい』という人々の強い願いから、電気ジャーが作られました」

電気ジャーが開発された背景について、現在の商品企画担当者が社史をひもときながら教えてくれました。

「1968年(昭和43年)当時は、携帯用魔法瓶をはじめ、ハンディポット、保温水筒、アイスクリーム容器など、いずれも魔法瓶をもとにした製品を発売。魔法瓶で培った技術や製造方法を活用した家電用品総合メーカーとして多角化経営を目指している中、電気ジャーの開発は急務だったといいます。実は、温度が40℃前後になるとごはんは腐敗しやすく、嫌なにおいも発生しやすい。電気ジャーのそういった問題点を改善できるのが、タイガー独自の保温断熱技術とヒーター方式の加熱保温機構だったのです」

魔法瓶から電子ジャーまで、昭和40年代後半は花柄全盛期だった。

花柄のデザインには、いろいろな花が採用され、
種類豊富にあった。

電子ジャーでパッと目を引くのが、色鮮やかな花柄デザイン。いまの家電には考えられないデザインで、現代人にはかえって斬新に映ります。昭和40年代半ば、日本は高度経済成⻑の真っ只中でした。自動車やクーラー、カラーテレビが家庭に普及し、NHK総合テレビの全番組がカラー化。大阪万博(日本万国博覧会)の開幕やボウリングブームなどに人々が沸き立っていました。そんな熱狂的な時代を生きる人々の感性とカラフルな花柄がマッチしたのかもしれません。

「昭和40年代後半、魔法瓶業界は花柄全盛期。花柄のデザイン1つで、売上が変わるほど影響が大きかったのです。昭和47年には、当時めずらしかった真っ赤なハイビスカス柄をあしらったハンディポットが爆発的な人気となり、のちの電子ジャーにも反映されました」(商品企画チーム・炊飯器担当者)

昭和45年に発売された電子ジャー EL型は「優雅」「らんまん」などの名がついた柄が4タイプ。6合(1.1ℓ)、1升(1.8ℓ)、1.5升(2.7ℓ)と3サイズ展開でした。三世帯で暮らす家庭が多かった当時、大容量へのニーズが高かったことがわかります。当時の広告には「さむ〜い季節です。でも湯気のあがるごはんがめしあがれます」といった文言が。いかに多くの人々がホカホカのごはんを待ち望んでいたか伝わってきます。

炊きたてのごはんを30時間保温できる機能性に加え、人気の花柄をあしらったデザインにより、電子ジャーは爆発的な売上を記録。なんと、昭和46年〜48年には売上高の50%を占める勢いで急伸し、<炊きたて>は一躍トップブランドの地位を確立しました。

昭和49年、1台2役の「炊飯ジャー」が生まれ家事が劇的に効率化。

1971年(昭和46年)に登場したELC型

電気ジャー発売の翌年、1971年(昭和46年)に半導体とヒーターを組み合わせた「電子ジャー」が誕生。1972年(昭和47年)には、ごはんが飯器にこびりつかず、くっついても簡単に洗い流せるスミフロン加工(フッ素加工)の飯器(炊いたごはんを運ぶ際などに用いる器)を採用しました。

「それ以前はごはんを炊いたあとの飯器の手入れが大変でした。飯器に水を張って沸かしてしばらく置いてから、こびりついたごはん粒を必死に洗っていたといいます」(当時を知る<炊きたて>開発関係者)

さらに、いま多くの人が耳馴染みのCMソング「♪タイガー電子ジャー<炊きたて>♪」が世に放たれます。

炊飯ジャー第1号のCR型は、1974年に登場

電子ジャーを通じて友好関係にあった松下電器産業(現・パナソニック)の技術協力により、商品開発に拍車がかかります。1974年(昭和49年)、ついに「炊飯ジャー第1号」が誕生。先発メーカーから約2年の遅れをとり、待望のデビューとなりました。炊飯ジャーは、電子ジャーの保温機能に電気炊飯器の炊飯機能をプラスした「1台2役」。

「いままでは、かまどか電気釜、さらに電子ジャーと一家に2台必要でしたが、炊飯ジャーの登場により1つで炊飯と保温ができるように。台所の場所を取らず、釜を洗ったりご飯をジャーに移したりする家事の負担も減りました。当時の主婦の方に喜ばれたそうです」(当時を知る<炊きたて>開発関係者)。

この頃、オイルショックでトイレットペーパーの買い占めが発生し、社会は混乱。原油価格の高騰により物価が上昇し、個人消費は冷え込みます。それでも、炊飯ジャーにはチューリップなどのポップな花柄が躍り、消費者の購買意欲を刺激しました。

火加減が調節できる「マイコン炊き」が誕生。
流行は花柄からラインへ。

マイコン炊き第1号のJSM型

1981年(昭和56年)、マイコンによる自動火加減調節ができる炊飯ジャー第1号が誕生。「それまでは、必ずお米を30分以上浸水してから内なべをセットし、炊飯をスタートさせる必要がありましたが、マイコンによりその工程が不要に。マイコンでは40〜50度の温度で自動でお米に水を吸わせた後、初めは強火、沸騰したら火力を弱めるなど、火加減を調節しておいしく炊けるようになったのです」(当時を知る<炊きたて> 開発関係者)

機能炊飯の第1号のJND型

5年後には、「白米・炊込み・おこわ・玄米・おかゆ」の5つの炊き方がメニューキーで選べる多機能炊飯が生まれ、時刻セットタイマーや熾火おきびむらしなどの機能により、使い勝手のよさが一段とアップ。調理や家事は格段に効率化します。

デザインに目をうつすと、それまで炊飯ジャーを彩っていた花柄はほぼ使われず、ピンクやブラウンなどのラインをほどこした控えめなデザインが流行し始めます。それゆえ一世を風靡した花柄は、古びた印象になり、姿を消していったのかもしれません。

1980年代前半は、原宿を中心に派手な衣装で音楽に合わせ踊る「竹の子族」が誕生。一方で、ニュートラ、ハマトラ、プレッピーといった大人びたファッション、「カラス族」と呼ばれるモノクロファッションが若者の間で流行するなど、おしゃれは多様化。個性的かつエネルギッシュな時代でした。

平成は真っ白の角形フォルムでシンプルに。
高級炊飯ジャーの時代に突入!

1989年(平成元年)に登場したJNK-R
1992年(平成4年)発売の
IH&インバーター制御方式の炊飯ジャー第1号JNU型

平成に入り、バブル景気真っ只中の頃、炊飯器のハイテク化が加速。1989年(平成元年)、上部の取っ手がなくなり、ワンプッシュで開けられるふたの「マイコンジャー」がお目見え。真っ白の角形フォルムで、一気にシンプルになりました。

「特に丸洗いができる着脱式のふたの開発は、ふた部にヒーターを設けるという業界の一般常識を覆すものでした。新断熱構造、新密閉技術、高周波溶着技術などの開発により実現しました」(商品企画チーム・炊飯器担当者)

1992年(平成4年)には、「IH&インバーター制御方式の炊飯ジャー第1号」が生まれ、ごはんの旨味を極める時代に突入します。

「それまでのマイコン炊飯ジャーは、釜の底に搭載されたヒーターに内なべが接触し加熱していました。ただ、この仕組みは、内なべの底にご飯粒やごみなどがついてしまうと、ヒーターと接触できないことから熱がうまく伝わらず、おいしく炊けないという欠点がありました。一方、IHは電磁誘導加熱といって釜全体が発熱するので、安定して炊けるように。さらに、マイコン炊飯ジャーの2倍もの火力を出せるようになり、かまどの火力により近づくことに成功。その後、炊飯ジャーはIHが主流になり、現在、ヒーター式は低価格帯の製品を中心に3割ほどです」(当時を知る<炊きたて>担当者)

業界初の「土鍋釜」JKF型
「土鍋ご泡火炊き」のJPG-S型

2006年(平成18年)、業界初となる内釜に本物の土鍋を採用した「土鍋釜」を発売。当時の営業担当者は、発売前、常識を覆す価格設定に驚いたといいます。

「それまでは高くても3万円ほどでしたが、土鍋釜は約7万円。一気に倍以上の価格に跳ね上がり、こんなに高くて売れるのだろうかと心配になりましたが、結果、大変多くの方に購入いただき、うれしかったですね。その前後、口裏を合わせた訳でもないのに、タイガーの土鍋同様、炭や鉄といった素材の内釜が他社から発売に。各社の"内釜の戦い"は、改良を重ねながら現在も続いています(笑)」

こうして家電量販店の炊飯ジャーコーナーは、各社の高価格帯製品が席巻。2011年(平成23年)には、土鍋釜の炊きあがりを徹底的に追求した独自の「圧力炊飯方式」の圧力IH炊飯ジャーの第1号が誕生します。

2019年(令和元年)8月、令和の幕開けとともに、最高温度約280度という高火力と泡で旨みを守る「ご泡火(ほうび)炊き」が発売。1合を最適な炊飯空間で炊きあげる「一合料亭炊き」を採用しました。単身や夫婦2人、高齢者世帯が増えるなか、少量でもよりおいしいごはんが食べられるようになったのです。

2021年に発売した最新の<炊きたて>JPL-G型

そして昨年、「炊きたて50周年記念モデル」が満を持して登場。土鍋ご泡火炊きをさらに進化させ、「ハリつやポンプ」で理想的な「おひつ保温」を実現しました。おひつ保温とは、木製のおひつが呼吸により空気や水分を上手にコントロールしていることを参考にした仕組み。炊きあがり後に「ハリつやポンプ」が稼働して外気を取り込み、蒸気を放出することで、呼吸をするように内釜の湿度や環境を最適に。従来品と比較して、においが約22%軽減、黄ばみは約19%低減し、炊きたてのごはんのおいしさをキープ。 50年前、30時間保温できるとうたっていた電気ジャー第1号を振り返って、当時を知る炊飯器担当者の方はこう語ります。

※当社従来品 JPG-X100 白米3合 炊飯開始から保温含む12時間後の数値比較

「今のような技術がない当時、長時間保温するとごはんの質は劣化していたはずです。水分が抜けて乾燥したり黄色く変色したり、保温臭という独特のにおいもしたでしょう。あれから50年経ち、さまざまな技術革新により、最高の炊飯と保温でおいしいごはんが食べられるようになりました。そして、タイガーのジャー炊飯器の進化は続いています。今年1月にはIoT機能を搭載した新製品(JPA-X100)を発売。アプリと連動させて炊飯量をAI分析で計算し、お米のストックが少なくなると自動でネット注文できるのです。ごはんをよりおいしくといった観点だけでなく、生活を快適にするための進化も続きます」

昭和57年製VS令和3年製。
<炊きたて>で炊いたごはんの味は......?

今回は、タイガーで大切に保管されていた45年前の炊飯ジャーで実際にごはんを炊き、最新の<炊きたて>と味比べを実施! 写真左は1976年(昭和57年)の<炊きたて>(JSC型)、右は2021年発売の<炊きたて>(JPL-G型)です。旧<炊きたて>(JSC型)は円形のフォルムにピンクの花柄がかわいらしく、いまとは違った少し勇ましいトラのロゴも印象的。花柄ついては、親切にも側面に「ポピー」と名前が明記されていました。

旧<炊きたて>にはどんな特長があるのか、当時の<炊きたて>開発担当者に聞きました。「昭和57年製のJSC型は、ごはんのおいしさの決め手となる『ピストン調圧口』を採用した、画期的な商品。『調圧口のタイガー』として、市場をリードし、シェア拡大に貢献しました。ピストン調圧口は羽釜から着想。かまどで炊くときに、羽釜に分厚い木のふたを乗せるのですが、それが程よい圧力となりおいしいごはんが炊けるのです。調圧口の真ん中の棒のピストン運動で、羽釜と似た仕組みにしました」。

さて、いざ炊こうにも旧・炊きたてにはスイッチが1つしかなく困惑......。説明書をよく見ながら、正しい炊き方を当時の<炊きたて>を知る関係者に教わり、炊飯の準備をスタート!

まずは、洗ったお米を30分以上浸水。マイコン式以前の炊飯ジャーは、炊飯のスタート後に適正な温度で浸水させる機能がないため、当時は事前の浸水が必須でした。スイッチを下げたら炊飯開始。20分ほどでスイッチが「保温」に切り替わりました。ここでふたを開けず、じっと我慢。ストップウォッチで20分を計り、蒸らしが終わったら完了です! ......ふぅ、現代のジャー炊飯器とは違って少し手間がかかるので、途中で失敗しないか少しヒヤヒヤしました。

一方、2021年製の<炊きたて>土鍋ご泡火炊きJPL-G型は、タッチパネル搭載のバックライト液晶で、文字が見やすく操作性に優れていて安心感バツグン。説明書を見なくても、直感的に操作できます。JPL-G型に搭載されている「70種類の銘柄巧み炊きわけ」では、お米の銘柄を選択すると自動で最適な炊き方を実行してくれます。今回用意した山形の「つや姫」をタッチパネルで選択したら、あとは待つだけ!

新旧の<炊きたて>の実力はいかに。いざ実食!

さぁ、ごはんが炊きあがりました! 旧<炊きたて>を恐る恐る開けてみると、無事に成功していてひと安心。ごはんをほぐしてみると、底のほうにはおこげができていました。おいしそう!

2021年製の<炊きたて>を開けると、ほっかほかの湯気とごはんの良い香りが食欲をそそります。ほぐすと、ごはんが粒立っていてツヤツヤ。内釜に余分な水分がついていないことにも驚きです。

新旧の<炊きたて>で炊いたご飯をお茶碗によそってみると、こんな感じ。
左が1976年(昭和57年)製、右が2021年製の商品で炊いたごはんです。

盛ってみた感触的には、2021年製の<炊きたて>で炊いたごはんの方がもっちりとした印象です。

最後は実食。
旧・炊きたてで炊いたごはんは......十分おいしい! 普通に食卓に出てきても違和感はないはず。45年前も前からこのクオリティってすごいですね。おこげの香ばしいかおりも楽しめました。

2021年製の<炊きたて>は、ごはんの甘さや旨みが感じられました。何よりごはんにしっかり弾力があって、食べ応え十分。これなら白いごはんだけで、どんどん箸が進みます!さらに、他の銘柄はどんな味わいなんだろうと試してみたくなりました。

2回にわたってお届けした「炊きたて昭和館」、いかがでしたか? 冷遇されることを「冷飯を食う」というように、50年以上前、温かいごはんは誰もが食べられるものではありませんでした。しかし、電気ジャーの発売、その後の炊飯ジャーの保温・炊飯機能のブラッシュアップにより、ごはんのおいしさは年を追うごとに進化しています。この先のジャー炊飯器の展開にも目が離せません!

撮影:米山典子 取材・文:川端美穂

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