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Brilliant Trajectories: Paul Sutter Explores Tiger's JAXA Collaboration

JAXAとのコラボレーションが
拓く新たな地平

Paul Sutter

宇宙物理学者

FEATURES

幼少期から一時も欠かすことなく宇宙の存在に魅了されてきたというポール・サター氏。宇宙学者であり、ストーニーブルック大学高度計算科学研究所(ニューヨーク州)で宇宙物理学研究教授を、またニューヨークのフラットアイアン研究所で客員研究員を務めるサター氏は、昔からSF好きで、宇宙に関する記事・書籍なら手当たり次第にすべてを貪るように読んで育ったという。

宇宙という深遠なテーマに、文字通り人生を捧げてきたサター氏は、これまで60本以上の論文を発表し、世界各国で講演・セミナーを行うなど輝かしい学術的成果を収めてきた。またメディアなど公共の場でも精力的に活動し、人気ウェブサイトへの寄稿や書籍、ポットキャスト、映画などを通して、宇宙に関する興味深い知見の発信・共有にも積極的に取り組んでいる。

そのサター氏は、各国の公的宇宙研究機関だけでなく、民間企業も宇宙へと人類を送り出すための開発を志すようになった現代は、宇宙探査の歴史の中でも特別に実り多い時期を迎えているという。そのなかでも、真空断熱容器と熱制御技術を専門とするタイガー魔法瓶が日本宇宙航空研究開発機構(JAXA)と行ったコラボレーションプロジェクトはその好例であると話す。

初めての試みとなったJAXAとの開発プロジェクトで、タイガー魔法瓶は実験試料を格納する真空二重断熱容器を製造した。この容器は2018年9月、JAXAの補給機「こうのとり」7号機に搭載されて国際宇宙ステーション(ISS)へと旅立ち、その後11月に貴重な宇宙での実験サンプルを格納して、無事地球へと帰還したのである。この際、「4日間以上にわたり摂氏4度±2度の範囲で保冷する」「着水時の最大40Gの衝撃に耐える」「総重量は10.195キログラム以下」という厳しい要件を満たすよう設計されたのである。

成功を収めたこの初回ミッションに引き続いて、今度は「12日間以上にわたり摂氏20度±2度の範囲で保冷する」「総重量約3 kg以下」「再利用可能にする」という新たな要件を満たす真空二重断熱容器を、再びJAXAと開発することとなったタイガー魔法瓶。タンパク質結晶化実験の試料を格納するのに使われる今回の容器は、2021年初夏、SpaceX社の宇宙船「ドラゴン22号機」に搭載され、ISSへと向かう予定となっているのだ。

タイガー魔法瓶の宇宙における革新的な試みに対する見解を聞くためサター氏にコンタクト。
前回のこうのとりによる打ち上げ、そして2020年初夏予定の最新ミッションにおける真空二重断熱容器を開発というユニークなチャレンジとそれを可能にした研究開発、そして将来の宇宙開発にもたらす可能性について話を聞いた。

― タイガー魔法瓶は、2018年、JAXAによって行われた技術実証のため、規定された温度の範囲内に実験試料を保冷するだけでなく、地球に帰還する際、海上に着水する衝撃(40G)に耐えることができる真空二重断熱容器を開発しました。タイガー魔法瓶にとってこれらの要件を満たすことは、どれほど困難な作業だったとお考えですか。また、開発に際して克服すべき宇宙特有の課題にはどのようものが挙げられるのでしょうか。

「宇宙は、人類がこれまで直面したなかでも最も過酷な空間です。地球上のどんな場所よりもずっと困難な環境なのです。空気が存在しない真空状態にあり、その本質は危険かつ脆弱。宇宙空間での使用を想定する機械類はどれも、極度に頑強な構造でなければこのような環境に耐えることはできません。」

「また要求された温度を維持できる容器を地球上で作ることができても、それを宇宙から地球に送り返すことは、次元の異なる非常に大きな難題です。というのも地球の周回軌道にあるものは時速2万7000キロのスピードで移動しています。それを時速2万7000キロで自転しているわけではない地上に帰還させなければならない。この速度の差は途方もないものです。宇宙船が着陸する、あるいは海面に着水する際には、40Gもの大きな負荷がかかります。これはフルスピードで2台の自動車が正面衝突するのと同じくらいの衝撃に匹敵するのです。」

「そのため、容器内に格納する荷物(特に壊れやすい実験試料)を保護し、一定の温度に保ちつつ、さらにこの強い衝撃に耐えられる強度を備えた容器を開発しなければなりません。加えてそれを軽量化するとなると想像を超えるハードな挑戦といわざるを得ないでしょう。宇宙に物資を送る際、1キログラムあたり何千ドルという多額の費用がかかるため、少しでも軽量であることは決定的に重要なのです。強度のあるものを作ることは比較的簡単ですが、強くてさらに軽い容器を作ることは本当に難しい。さらに当時は全体の重量を約10キログラム以下に収めるという条件でした。そんなものを作ろうなんて普通に考えたら正気の沙汰ではありません。」

― 2021年初夏、再びJAXAとタイガー魔法瓶が共同開発した真空二重断熱容器を載せたドラゴン22号機が打ち上げ予定となっています。今回、タイガー魔法瓶は、前回より体積・重量ともにスリム化をはかり、さらに12日間以上にわたって摂氏20度±2度の範囲で保冷する性能を実現しました。この基準を満たすにあたって新たに生じた課題はどのようなものだとお考えですか。

「新たなミッションのための断熱容器開発にも独自の課題があったと思います。まず、前回以上に長期間にわたって要求される温度を維持しなければならないこと。これはミッションの期間中はもちろん、宇宙開発につきものの遅延の可能性にも対応できるようにするためでしょう。また総重量を約3キログラム以下と、とても軽量なものにしなければなりませんでした。」

「これは水が入ったペットボトル約3本分の重さでしかありません。しかも再利用できることが条件でした。打ち上げ機から実験試料を回収するカプセルまで、資源の再利用は宇宙開発をよりサステイナブルなものにするための重要なポイントの1つです。より多くのものを再利用できるようになれば宇宙開発はもっと安価になり、安価になればなるほど宇宙に行きやすくなります。このタイガーが開発した断熱容器は、宇宙飛行の可能性を拡大する可能性を示唆した素晴らしい事例といえるでしょう。」

― ステンレスボトルという日用品を製造するメーカーが、宇宙におけるミッションの一端を支えていると知ってどんな感想をもちましたか。

「ステンレスボトルの製造を専門とする企業が、最先端の科学を支えることもできるテクノロジーをもっているなんて驚くべきことだ、というのが第一印象です。これまで私は宇宙におけるミッションの困難さについて「完璧な精度ときめ細やかなエンジニアリングが不可欠だ」とイメージ的に理解していましたが、まさにタイガーのような企業がこれまで開発した技術と知見を生かして優れた(宇宙実験用の)機器を製造しているのです。しかしその彼らにとってもこのJAXAとのプロジェクトは難題の連続だったことでしょう。前述の通り、宇宙空間は地球上で我々が直面するどんな環境よりも圧倒的に過酷なものだからです。彼らがこうした課題を克服して期待以上の成果を出したこと、つまり特殊な断熱容器を開発することで幅広い分野での基礎科学の発展に寄与しただけでなく、そのスピードすらも加速したという事実は、まさに驚異的としかいいようがありません。」

「この一連のタイガーの宇宙での挑戦は、これまで私たちが想像もしなかったアプローチを示唆しているといえるでしょう。通常、宇宙開発となると、部屋いっぱいに集まったエンジニアたちが、ミッションを成功裏に終わらせるため、ありったけの時間とリソースを使い切って問題解決に取り組む場面をイメージするかもしれません。実際、そのようなケースはよくあります。しかしタイガーの場合、すでに蓄積されてきた技術と知見を指針に、新たな問題の解決にチャレンジしています。彼らは、提示された技術要件を満たす断熱容器を開発するノウハウをすでに所有していて、それをこれまでとは全く異なる分野に適用しているのです。この事実は、宇宙開発に関する私たちの考え方を根本から大きく変える可能性をもっています。タイガーの事例のように、これまで想像すらしなかった方法で宇宙開発に適用できるリソースというのは他にも存在するのではないでしょうか。」

― ISSで行われるタンパク質結晶生成実験は人類の将来にどのような影響を及ぼすのでしょうか。

「宇宙における生物学的実験は目覚ましい進歩を遂げてきました。つい半世紀前には「何が起こるかとりあえず実験してみよう」というだけの理由で、犬やチンパンジーを宇宙に送っていました。しかし今ではずっと高度な実験ができるようになり、特にISSでは無重力の環境でタンパク質や微生物を生成・培養したり、細胞の構造を調べる実験が行われています。」

「こうした研究の成果は、2つの大変重要な方向性を示唆します。1つ目は、宇宙での長期滞在に対して、現時点では人間の身体を完全に対応させることはできないという事実と関連しています。というのも宇宙で長期間生命を維持する方法はまだ解明されていないのです。微小重力という環境は人間にとってあまりにも過酷です。しかし、タンパク質や細胞を使った実験を通じて、無重力下で生命がどのように活動しているのかを顕微鏡レベルで研究することができます。このことは人が宇宙に住み、仕事をするためにはどうすれば良いかという問いを解く助けになるでしょう。」

「もう1つは、宇宙から回収した実験試料を使って、これまで不可能だった地球上での研究が可能になるという点です。無重力下でしか存在しない物質やタンパク質、無重力下でしか起こり得ない生物学的プロセスは、地球上ではどれだけ資材を投じても再現できるものではありません。無重力空間だけがそのような構造やプロセスを可能にするのです。例えば、無重力下でしか生成や研究ができない物質を回収できるようになれば、新しい医薬品の開発へとつながる道が開かれることもあるでしょう。」

「つまり、ISSで行われている生物学やタンパク質に関わる実験は、地球上のみならず、将来的には宇宙での人類の生活に恩恵をもたらすといえるのです。」

― 最後に、宇宙が秘める可能性について読者に伝えたいことはありますか。

「私からの一番のメッセージは、宇宙へのアクセスがこれからはどんどん安価になっていくということです。宇宙旅行が実現する日が、毎日着実に近づいてきているのです。そしてタイガーのような企業がもつテクノロジーがその宇宙旅行を一層身近なものにしています。誰もが手軽に宇宙に行けるようになったとしたら、一体どんな未来が待っているのでしょうか。正直、私自身も想像がつきません。宇宙での使用を想定したテクノロジーが進化するほど、地球上で使うテクノロジーも進化します。ですから私は未来について、どこまでも楽観的で、楽しみで仕方がありません。今後どうなるのか、我々の世界がいかにしてより良いものに進化していくのかを、しっかりとこの目で見てみたいと思っています。」

Paul Sutter

宇宙物理学者

アメリカ・ニューヨーク州にあるストーニーブルック大学高度計算科学研究所で宇宙物理学研究教授を務める一方、ニューヨーク市のフラットアイアン研究所で客員研究員の責務も任ずる。2011年、イリノイ大学で物理学の博士号を修得。